日本の書の世界には、複雑な政治力学が存在している。誰に師事して学ぶか、どのような性格の古典を鍛錬の基礎に据えるか――といった選択が、文字通り作家としての運命を左右することは、いまだ十分にありうる。そのような、いくぶん閉鎖的な体質を引きずった書壇社会の波をかいくぐっていくには、高度な自己管理能力は言うまでもなく、大局観を備えていなければならない。本年で9回目の企画実績を有する「Ten・ten」というグループ展は、書に志す有為の人に門戸を開き、無鑑査での出品が許されている場である。いわば、美術の世界で言うところの「アンデパンダン」に似た機能を果たしている。平生のしがらみから書家を解放すると同時に、自己を客観視する厳しさを養うことも求めているわけだ。毎年、出品者の顔ぶれは自由に入れ替わる。ときには、人数にも大きな変動が許される。展覧会が終われば、作家たちは、それぞれが個人による活動の只中へと戻ってゆく。「Ten・ten」は、書家どうしが一期一会で出遭う表現の「広場」なのである。  「広場」では、ある種の祝祭が執り行われる。白熱した各々の書表現の間に火花が散る。しかし、より重要なのは、「祭りの後」に何が継承可能な遺産として残るかである。1970年の大阪万博に壮大な祝祭空間を創り上げた岡本太郎は、全ての「祭り」の痕跡(各国のパビリオン)が撤去されていく中で、かの《太陽の塔》を、大阪・千里の丘に恒久的な価値を伴った文化遺産として屹立させ続けることに成功した。同列においてよいかは分からないが、「Ten・ten」にも、日本の芸術史に爪痕を残す魂の籠もった仕事を打ち出す、という野心を持った展示空間の設計を期待するものである。  そして、初めてこの企画をご覧になる方々に、あらかじめことわっておきたい事柄がある。参加メンバーである書家の大部分は、「文字」ではなく「線」から出発する発想の下に仕事を続けている。それは、線表現が主体となる、かな書を産み出した列島人の土着的な感性の発露と言える現象である。そこから、「日本人」あるいは「和様の芸術」の閾値を超出し、新たな「現代の文字」の姿を提起するか、それとも「日本的なるもの」の内側にあえて踏み止まり、己の内面をとことん掘り下げるのか。各々の創作の分岐点を問う展示が、諸文化の交流という役割を背負った、3331アーツ千代田で待っている。 (「Ten・ten 2018」に寄せて――「広場」の想像力 栗本高行・美術評論家) 出品者:有賀瑚風、安藤一鬼、安藤園美、井澤懐玉、石井抱旦、石崎青光、伊藤敏道、江草幽研、遠藤泉女、大石恵子、開田智、草津祐介、藏元訓征(長艸)、木暮美紀、佐伯孝子、坂巻裕一、佐々木祐子、佐藤一墨子、塩崎学(崎の大は立)、榛葉壽鶴、杉本敦子、杉山勇人、高橋彰子、高橋清堂、高橋柳泉(高の上の口は梯子)、竹澤順子、竹下青蘭、竹原慎一、谷川ゆかり、田畑理恵、戸津川政世、NAO、中西浩暘、橋本安希子、東素子、日野公彦、平島正義、平蔵、堀内肇、堀江宣久、眞鍋智浩、水内温子/nuk、宮村弦、八重柏冬雷、山下恭代、山本尚志、和田彩 Ten・ten 2018 in 3331 ARTS CYD 書の実験室 2018年11月1日(木)〜2018年11月6日(火) 11時〜17時(初日は13時〜) 入場無料 関連企画 シンポジューム: 11月4日(日) 15時〜16時 ウェルカムパーティ: 11月4日(日) 17時〜18時 ワークショップ: 毎日 13時〜 ギャラリートーク: 毎日 14時〜 会場:アーツ千代田3331 東京都千代田区外神田六丁目11-14 B104、B105 101-002 03-6803-2441 3331.jp 主催:Ten・tenプロジェクト 後援:毎日新聞社 事務局・問い合わせ:代表・石井抱旦 0467-86-2615